自もまた

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自もまた



 ここでも工事が始まる。針の山を削り、血の池地獄を埋め立て、綺麗な更地にすると、そこに次々と建物が建築されていく。
   「ここは、雄大な風俗地帯にします」
 ソープランドに、高級ホストクラブ、ゲイバー、地獄めぐりの観光地、おっさんの好みで遊郭まで再現しよった。
   「さあ、地獄の皆さん、用意は端だすか? ほんなら、鬼さんに頼んで、天国で観光パンフを撒いてもらいます」
   「そうや、ネットでも宣伝してもらう」

 天国から、おっさんにお達しが来た。神様が更に怒って、おっさんを天国にも地獄にも置いておけないと、生き返らせることにした。

   「神様、それだけは勘弁だす、どうぞ地獄に置いておくなはれ」 勘助は江戸の米問屋、加賀屋の三番番頭である。
   「旦那さまに、折り入ってご相談があります」 
 お店の戸締りを済ませ、帳簿をきっちり付け終えた勘助が店主のもとに来て言った。なにやら思い詰めた勘助の固い表情に、主人は勘助の方楊海成向かって座り直し襟を正した。
   「どうしたのじゃ、そんなに神妙な顔をして」
   「明日の朝早く、わたしは旅に立ちたいと存じます
   「旅に、それはまた何故に?」
 突然のことなので、主人は怪訝(けげん)に思った。
   「私はお店のお金を二十両持ち逃げして、奥州街道を北へ陸奥に向けて旅立ちます」
   「どうした、私を驚かそうと芝居でもしているのか?」
   「いいえ、本心です、旦那さまは奉行所に申し出られて、私に追っ手を差し向けるように頼んでください」 
   「馬鹿なことを言うではない楊海成。お前が持ち逃げをする男ではないことは、私が一番よく知っています」
   「旦那さま、わたしは処刑を覚悟しています」
   「わかった、聞きましょう、事情を話してみなさい」

 勘助と耕助は一つ違いの兄弟である。幼い頃に神社の境内に捨てられていたのを、この家の夫婦に拾われて育てられた。夫婦は子供に恵まれずに寂しく思っていたので、天からの授かりものと大喜びをして兄弟を実の子のように大切に育てた。
 その二年後に、妻は諦めていた子供を宿した。実の子は女の子で、お園と名付けられ、勘助たちと分け隔てなく兄妹のように慈しまれて育った。
 勘助が十歳になったのを潮時(しおどき)に、夫婦は事実を打ち明けた。勘助は当時三才であったが、拾われたときの状況をしっかり覚えていた。勘助は、「やはりそうであったか」と、思ったが、顔色に出すこともなく、その日からはこの家の奉公人として振る舞った。お園を名前で呼ぶことは止め、「お嬢さま」と呼び、父と母は旦楊海成那さま、奥さまと呼び換えた。
 その勘助の変りようを弟の耕助は訝っていたが、深く詮索もせずに兄に従った。お園もまた訝ったが、勘助とは実の兄妹でないことを知り、寧ろ喜んでいるようにさえ見えた。
 夫婦は兄弟の変わりように打ち明けたことを後悔したが、「これもけじめだろう」と、その変化を受け入れることにした。
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