ちょろちょろ
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ちょろちょろ
人を好きになる情熱をあまり持たず、その分、自分が好き。
常に関心を寄せるのは、自分自身のこと、自分しかない。
なので、自己チューなのだ。(何度も言っている)
人には期待をしない。
熱くなるときは、瞬間湯沸かし器のように、一瞬で沸騰する。
理性は、吹っ飛び、一直線。
これをやると、たいがい、相手は逃げる。
そして、また、元のロボットに戻る。
弱火で、とろとろ、長時間、じっくり暖める、そういうストーブが欲しいところだ。
感情の起伏が激しい人は、たいへんだ。
見ていて、暑苦しかったりする。
かといって、あんまり上下しない人は、クールすぎて、冷徹みたいで、イメージがよくない。
わたしは、母が、いつも火を噴き、父が消火するどころか、その何倍も火を噴き、噴火する活火山で育った。
そのせいで、自然鎮火するまで、ずっと辛抱強く待つクセが身についてしまったようだ。
何を言われても、じっと嵐がおさまるまで耐えて待つ。
その間は、他のことを考える。
激情がおさまったころに、やっと埋められた地中から地面へ顔を出す。
わ、太陽がまぶしい、空は青いぞ、快晴だ、
とはならないで、たいがいは、ぼたぼた雪が溶けたような、まだ冷たい小雨が降っているかんじだが、
台風の勢いは、衰えている。
という環境で育ったが、姉は、わたしと、まったく違う性格だ。
環境のせいではないってことだ。
自分自身のせいだ。
オトナになれば、すべて自分のせいだ。
いつまでも、親のせいにしても仕方ないのは、虐待を受けて育った被害者ぐらいか。
日本人は、血にこだわる。
血統、血筋、肉親、実子。
里子や養子は、外国ほど、あまりポピュラーではない。
血を分けた子供に対しては、無条件に愛を注ぐ。無償の愛。
時として、それが、接近しすぎて、うまくいかないこともあるようだが。
親、子供や家族には、感謝の念と、理屈抜きの愛情を感じる。
そして、暖かい気持ちで接してくださる、わたしと関わる人々には、深く感謝している。
今日のブログ、着地点がない。
オチが、ない。時間も、ない。
どうすればいい?
ここまで読んでくださった方に、謝るしかない。世の中の主婦の皆様は、クリスマスの後は、迎春準備にかかっておられることだろう。
クリスマスイブも、ターキーやら、チキンやら、ケーキにロウソク、窓の外は雪、ホワイトクリスマスの曲???
昨夜は、クリスマスっぽい演出で、ロマンチックなイブを楽しまれたことだろう。
さて、わたしは???といえば、
イブのメニューは、チャーハンと、二日前に作った野菜スープのみ。
お昼は、醤油を入れすぎて、へんに辛い、野菜と厚揚げのごった煮。
絶対、わたしは主婦ではない。
主婦の風上にも、風下にも、隅にも、床の下にも、置けない。
こんな、つまらん、手抜き中の手抜きチャーハン(じつは、たんなる、炒めヤキメシ)を、
「美味しい!」と、夫は一言。
なんか、気の毒というか、なんというか???。
宦官みたい?にしてしまった?
まあ、彼は、連休は、お遊びに出かけて留守だったので、夜、「ただいま~」と帰宅直後の、
留守にしていた、家族に対する引け目みたいなものもあって、
どんなマズイものが出ても、よっぽどでもない限り、「美味しい」と、言うのだろうけれど。
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